ルネス総合法律事務所

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法律コラムcolumn

2022.10.5

企業法務一般

プロバイダ責任制限法の改正について

1 はじめに
 SNSサイトや口コミサイトなどのインターネット上にて、氏名不詳の発信者による投稿により、名誉棄損等の権利侵害がなされるという事案が、近年増えております。個人のみならず、企業・法人がターゲットとされてしまうこともあります。そのような場合には、精神的被害のみならず、集客や売り上げに影響が出てしまうこともあるでしょう。名誉棄損のような人格権侵害だけでなく、知的財産権侵害が問題となる場合もあります。
 そのような権利侵害に対する被害者側の法的対応としては、発信者の特定を行い、損害賠償請求をすることや、サイトの管理者に対し投稿の削除を求めることが考えられます。
 今般、発信者の特定に関するルールを定めた、「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」(以下「プロバイダ責任制限法」といいます。)の改正がなされました(令和3年4月28日公布)。
 改正法施行日は令和4年10月1日であり、具体的な変更点としては、新しい非訟事件手続制度の創設による発信者情報開示請求の実効性向上及び開示対象の拡大等が挙げられます。

2 新しい非訟事件手続制度の創設によるプロセスの一本化
 SNSサイトや口コミサイトには、匿名で利用できるサイトも多くあります。そのようなサイトの運営者であるいわゆるコンテンツプロバイダに発信者の情報開示を求めても、IPアドレス等の断片的な情報しか持っておらず、コンテンツプロバイダの保有する情報だけでは誰が発信者か分からないという場合は往々にしてあります。そのような場合に、コンテンツプロバイダのサイトに接続するために経由するアクセスプロバイダ(インターネット接続サービス提供事業者)からも発信者情報の開示を受けることにより発信者の特定ができる可能性があります。
 具体的には、まずはコンテンツプロバイダに対して発信者情報開示請求を行い、コンテンツプロバイダから開示を受けたIPアドレス・タイムスタンプ等を元に、アクセスプロバイダを特定し、アクセスプロバイダに対し発信者情報開示請求を行い、発信者の氏名・住所の開示を求めるという二段階のプロセスを踏むことで、発信者の特定をするのが従来の制度下における一般的な方法でした。
 基本的にはいずれのプロバイダも裁判所の判断がなければ発信者情報の開示に応じてくれませんので、従来の制度下においては、二度裁判所に対し発信者情報開示請求に係る申立を行う必要がありました。通常、コンテンツプロバイダに対しては仮処分手続を、アクセスプロバイダに対しては本案訴訟手続をとるのが通例であるところ、本案訴訟は仮処分よりも審理に更に時間を要することもあり、従来の制度には手続的負担が大きいという問題がありました。
 当該問題を解決するため、今回の法改正では、「発信者情報開示命令」という新たな命令を非訟事件手続にて求められるようになり、その非訟事件手続についての制度が整備されました(改正プロバイダ責任制限法8条等)。
 発信者情報開示命令を求める手続の主な特徴としては、二段階のプロセスの一本化が可能である点が挙げられます。まず、コンテンツプロバイダに対する発信者情報開示命令の申立の際に、申立人は裁判所に対し「提供命令」の発令を求めることができます(改正プロバイダ責任制限法15条)。提供命令が発令されると、開示命令の判断に先立ち、コンテンツプロバイダから申立人に対し、発信者の利用するアクセスプロバイダの名称及び住所が提供されます。その後すみやかにアクセスプロバイダに対しても発信者情報開示命令申立を行うこと(なお、当該申立後、コンテンツプロバイダからアクセスプロバイダに対し、コンテンツプロバイダが保有する発信者情報であるIPアドレス・タイムスタンプ等が提供されます)により、一つの手続きでアクセスプロバイダより発信者の住所・氏名の開示を受け得るようになりました。
 このようなプロセスの一本化により、手続的負担が相当程度緩和されることが期待されます。
 また、「提供命令」を申し立てることで、コンテンツプロバイダとの裁判手続の終了を待たずにアクセスプロバイダを特定できるようになったため、時間的制約がある中で、発信者特定の可能性がより高まりました。
 現状、殆どのアクセスプロバイダはIPアドレスと発信者を結びつけるのに必須であるログを定期的に廃棄してしまうので、それまでにアクセスプロバイダにログの保全要請ができなければ、IPアドレスを通じた発信者の特定は不可能になってしまいます。3か月程度でログを廃棄してしまうアクセスプロバイダもありますので、厳しい時間的制限がある状況には変わりありませんが、改正前と比べ、より早期にログの保存に辿りつけるようになった分、被害者救済の面で改善がなされたといえます。

3 電話番号を対象とする発信者情報開示請求がより選択しやすく
 令和2年8月31日の総務省令改正で開示を受けられる発信者情報に「電話番号」が追加されてからは(プロバイダ責任制限法施行規則2条3号参照)、IPアドレスを起点にする方法のみならず、電話番号の開示を求める方法も有力です。なお、電話番号の開示を受けた後には、当該電話番号を管理する携帯キャリア等に対し弁護士会照会を行い、発信者情報の開示を求めることとなります。
 電話番号を対象として発信者情報開示請求をする場合には、多少古い情報からでも発信者の特定をなし得ることがメリットではあるのですが、他方でそれゆえに保全の必要性が認められないため、本案訴訟を利用しなければなりません。本案訴訟では訴状の副本の送達が必要的であるところ、一部の海外法人を相手取る場合には、海外送達を要し、送達期間が長期化してしまいます。
 この点について改正法にて手当がなされ、発信者情報開示命令申立を用いる場合には、申立書の副本の送達を要せず、申立書の写しの送付で足りるものと規定されました(改正プロバイダ責任制限法11条1項)。送付方法としてはEMS(国際スピード郵便)等が想定され、手続にかかっていた時間が大幅に短縮されることが期待されます。これにより、電話番号を対象とする発信者情報開示請求をするという方法がより選択しやすくなるものと思われます。

4 従来方式の請求も引き続き可能であること
 なお、実は法改正後も、必ずしも発信者情報開示命令申立により開示請求をしなければならないわけではなく、従来の二段階の発信者情報開示請求(仮処分ないし本案訴訟)を行うことも可能とされています。
 改正後の実務の運用次第ではありますが、発信者情報開示命令発令前には当事者の陳述を聞かなければならないとされているところ(改正プロバイダ責任制限法11条3項)、従来の仮処分による場合には無審尋発令を受け得る点及び一度に複数の投稿やアカウントを対象とした申立を併合提起したい場合に、併合できる範囲が異なり得る点(非訟事件手続法43条3項参照)が、従来の手続を敢えて選択するメリットとなるかもしれません。

5 開示対象の拡張
 改正前のプロバイダ責任制限法では、誹謗中傷等の権利侵害投稿を行った際の通信そのもの(侵害通信)にかかる発信者情報が、典型的な開示対象として想定されていました。他方、ユーザーID等を入力してアカウントにログインして投稿をするような仕組みのサービスの中には、ログイン時のIPアドレスは保存しているが、投稿時のIPアドレスは保存していないものもありました(グーグルマップ等)。このような場合にログイン時のIPアドレスの開示が受けられるか、つまり、侵害通信自体ではないが、それに関連した発信者の情報が発信者情報開示の対象になるかどうかについては裁判例が分かれていました。
 この点、改正法では、侵害通信に限らず、アカウント作成時、ログイン時、ログアウト時及びアカウント消去時のIPアドレス等が、「侵害関連通信」として一定の要件のもと開示の対象になることが明文で定められました(改正プロバイダ責任制限法5条3項、同法改正規則5条)。これによって、従来よりも幅の広い情報の開示が受けられるようになり、発信者の特定可能性が高まるものと思われます。

(弁護士 濵口 将太)